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愚痴を書くブログ

正転

不要になった書類をシュレッダーにかける。完了したタスクをシュレッダーにかける。個人情報をシュレッダーにかける。正転ボタンを押した時点で、書類に刻まれた数々の情報はその中に秘められた鋭利な刃物たちによってちりぢりになる。反転しても元通りにはならない。ちりぢりになった紙たちは紙とインクのかたまりとしてある程度の期間は存在するものの、二度と書類としての体をなすことはなく、ゴミ焼却場に運ばれて燃やされるのを待つだけなのでしょう。

5つぐらいのタスクを並行して掛け持ちする日があって、そこで発生した書類はひとまずすべてクリアファイルに詰め込み、落ち着いた時に整理して、完了して不要になったものから順にひとつひとつシュレッダー処理していった。不要になった書類はシュレッダー処理され、誰かに引き継ぐ重要なものは、誰が見てもわかるように綺麗に整理してまた別の書類にまとめて、要らなくなった乱雑な元の書類はふたたびシュレッダー処理を施した。残ったのは定時を過ぎてどうしてもやりきれなかったタスクの概要と、それに纏わる5W1Hを自分の手でワープロ打ちした10行ぐらいの書き置き。そこに結論するまでにクリアファイルを膨らませてきたたくさんの紙くずは、すべて機械の細長い穴の奥へと葬り去られた。クリアファイルの中身も私の頭の中もスッキリした。最後の1枚を流し込む瞬間の快感と言ったら例えようがないほど。シュレッダーがあってよかったと思った。

私は人員不足を理由に今の職場に引っ張られて1週ほど前に異動してきた身ですが、私の前に半年ぐらいだけ在籍していた前任者がいたらしい。新入社員として入ってきた彼はつい最近になって何らかの事情で会社を去った様子。彼が使用していた個人用トレーは名前だけ貼り替えられ、現在は私のトレーとなったが、顔も知らない(今後拝見する機会も無いであろう)彼の書類で最初は溢れかえっていた。それでは私がトレーを使えなくて困るので、顔も知らない彼の遺していった書類をひとつひとつシュレッダー処理して片づけていった。私がやらなければきっと誰もやらなかっただろう。顔も知らない彼が仕事上書き留めていたメモや、上司に毎週のように提出していた報告書のファイルや、社内報や健康診断票などが遺されていた。長い期間働くことを期待されていたのであろう、上司からの叱咤激励のコメントなども時々見えた。でも私はそれらを、あえて何も見ないふりをして、ひとつひとつシュレッダー処理して片づける。顔も知らない彼が、半年というあっという間の短い期間、もしくは、半年というとてつもなく長い期間をあの職場で過ごした、せめてもの証明を、ひとつひとつ暗い穴の中へ葬り去った。作成するのに何時間も費やされたであろう書類たちが、機械へ流し込まれていく様子はあまりにもあっけなく、間抜けなものだった。けれど、彼は現在の自分のテリトリーにそれらを一切持ち込むことなく、全て職場に置き去りにしていった。だから置き去りにされたそれらを私が簡単に処理した。この職場の中ではおそらく唯一顔を知らないから情も湧かないし、そこのトレーを使うのは私だし、きっとこれが最善だったのだろうと思います。

私がモノを捨てられず溜めこんでしまう性格なのは、きっと少しの経験から異常なほど愛着を持ってしまうからで、そのことを示す材料として、現に顔も知らない誰かの遺した書類について逡巡した経験を上に700字ほど記していることがある。捨てるという行為はそのモノに纏わる経験や愛着をいっさい手放すことにつながる。手にしていたものを手放すことには少しは度胸が要るものなのだろう。けれど僕にはそれが備わっていない。だからシュレッダー処理をするのは怖い。業務の上で当たり前のように使っているふりをしているけれど。今日も明日も細く暗い穴の中へ、我慢をしながらさようならをする。